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聞き慣れた音が胸元から聞こえて来て、ああ、電話かとスザクは懐から携帯電話を取り出し耳にあてた。表示されていた名前で相手が解っているから、「殿下の事、何か分かりましたか?」と尋ねようとしたのだが、少し興奮したような相手の声に、その考えは一瞬で吹き飛んだ。無意識に居住まいを正し、相手の言葉を聞き洩らさないよう声に意識を集中させた。 「え・・・・・・そ、それは本当ですか、ジェレミア卿!!」 『こんな事、冗談で言うはずがないだろう!戻られたのだ、ルルーシュ様が!』 アリエスに。 「ほ、本当にルルーシュが、あ、いえ、ルルーシュ様がお戻りに!?ジェレミア卿が確認を!?」 喜びと興奮から電話に食いつき怒鳴る様に話すという、上官相手にあり得ない無礼を侵しているが、相手も同じ状況なのだろう、耳にうるさいほど興奮した声が返ってきた。 『いや、私はまだお会いしていない。今日は外にいたのでな。ルルーシュ様付きのメイドから先ほど連絡を受けた。今朝がたアリエスに戻られたそうだ』 そういえば、ジェレミアが今日からまとまった休みを取ったと耳にしていた。今までにない事に最初は驚いたが、ルルーシュを探すため、あの辺境の地へ行くのだとすぐに気がついた。だが、襲撃現場に向かう途中で連絡を受け、今は大急ぎで引き返しているのだという。 ルルーシュ付きのメイドと言えば、ユーフェミアがアリエスに来たあの日、紅茶を運んできた人物だ。スザクがアリエスに入るよりも前から仕えていて、ルルーシュもナナリーも、彼女の事だけは信用していた。彼女を信頼しているのはアリエスの者たちも同じだが、あの二人に気に入られているという事に嫉妬心を抱きながらも、彼女なら安心だ、彼女に任せておけば大丈夫とスザク自身も信頼を寄せていた。 羨ましい、と思う。 その位置に、自分が立ちたかった。 アリエスに戻り、ルルーシュの安否が確認でき次第また連絡すると、ジェレミアは通信を切った。本来であれば自分が従っている皇族の情報を、正式な公表前に他の皇族の従者に知らせてはいけないという暗黙のルールがあるのだが、ジェレミアはスザクが再びルルーシュの元に戻ってくるのだからと、ルールを破って連絡してきた。 絶対に外部に漏らさないと信じて。 その信頼に感謝をし、スザクは椅子にその身を沈めた。 窓の外を見ると昨日とはうって変わり、外は大雨。 嵐と言っていいほどの暴風雨だった。 サッシがガタガタとなる音は、先日のテロで窓ガラスが割れた場面を思い起こさせる。この風の音もまた、あの日を連想させた。 そのため、ユーフェミアは今日部屋から出る事が出来なかった。 あの日の恐怖は、彼女の心に大きな傷を残したのだ。 今日はユーフェミアを心配し公務を休んだコーネリアと、長く付き従っている従者たちに囲まれ、穏やかな時間を過ごしているはずだ。 ここが安全な場所だと彼女に刻み込むために選ばれた人々。 あのテロを思い起こすきっかけになりかねない専任騎士は今日はお休み。 「・・・部屋にいて良かった・・・」 一人でよかったと、ほっと安堵の息を吐く。 ユーフェミアが傍に、あるいは他の誰かがいる場所だったらジェレミアからの電話に出られなかっただろう。この嬉しい知らせを聞けるのはもっと後になりかねなかった。 だが、嬉しい知らせは、同時に不快な知らせでもあった。 残された血液がルルーシュのものだった場合、あの状況であれだけの出血をしても無事脱出し、戻ってきたという事は、本当に彼の護衛が傍に控えていたという事実を示していた。自分以外の誰かが彼を守った。自分が躊躇した状況を打開するほどの人物で、信用と信頼を得ている人物。戻ってくるのに時間がかかったのは、リ家の護衛では信用できないと、別ルートで秘密裏に戻ることにしたからだろう。 もしかしたら、一般人を装って移動してきたのかもしれない。 それだけ、彼に頼られている護衛がいる。 悔しさと喜びでごちゃごちゃになった感情を流したくて、冷蔵庫からミネラルウオーターを取りだした。緊張と興奮から全身に汗をかき、喉がからからに乾いていた体は、冷たい水を貪るように飲み込んでいく。 ルルーシュが無事なら、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。 この雨で外出は無理だから、この離宮の人たちと少しでもいい関係を築くための時間とすべきだと考えた。 リ家の者は皆、ヴィ家から有能な人材を奪った事を喜んでいるが、かといって異国の人間が我が物顔でこの離宮の施設を使う事にはいい顔をしない。以前建物内外を把握するため歩きまわってみたが、騎士達の共有スペースに足を踏み入れただけでも、敵視するような視線を向けられた。何処へ行っても向けられる悪意ある視線に、これは馴染むまで時間がかかるなと考えていた。 外での公務が続き、彼らと接する機会が少なかったのも問題だろう。 あの事件のショックを引きずっているユーフェミアは、暫く公務を休むことになっているため今がチャンスだと判断し、スザクは手早くシャワーを浴びると、まだ着なれない白い騎士服に袖を通し、部屋を後にした。 |